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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4444号 判決

控訴人

薄井義治

右訴訟代理人弁護士

野中信敬

大久保理

被控訴人

佐藤義信

右訴訟代理人弁護士

児玉康夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における予備的請求に基づき、被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき、水戸地方法務局日立支局昭和五四年一月一九日受付第七一二号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  当審における訴訟費用はこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3  (当審における予備的請求)

被控訴人は、控訴人に対し、本件土地につき、水戸地方法務局日立支局昭和五四年一月一九日受付第七一二号所有権移転登記(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

4  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  主位的請求

(一) 本件土地はもと薄井喜之衛門(以下「喜之衛門」という。)の所有であった。

(二) 喜之衛門は昭和三七年六月二九日に死亡したところ、その法定相続人として、妻である薄井ハル並びに長男薄井一郎、二男被控訴人、三男鈴木克之、長女堀内ひて子及び四男控訴人(以下、これらの者及びその家族については名のみを記載する。)の六名があった。

(三) 右法定相続人六名は、昭和三七年一一月、遺産分割協議を行い、本件土地をハルが取得することとした。

(四) ハルは、昭和五五年一〇月ころ、控訴人に対し、ハルの死亡を停止条件とする本件土地の贈与の申込みをし、控訴人はこれを承諾した。

(五) ハルは平成三年一月一八日に死亡した。

(六) 本件土地には、ハルから被控訴人に対する真正な登記名義の回復を原因とする本件登記が経由されている。

(七) よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件土地の所有権に基づき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める。

2  予備的請求

(一) ハルの子として、一郎(同人は昭和五三年一二月一一日に死亡したが、同人には代襲相続人として君枝、紀代子及び啓伊の三名の子がある。)、被控訴人、克之、ひて子及び被控訴人の五名がおり、これらの者が本件土地を共同相続したが、控訴人は、これにより本件土地につき五分の一の持分を取得した。

(二) よって、控訴人は、被控訴人に対し、共有持分に基づく共同相続財産の保存行為として、本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の答弁

1  請求原因1のうち(一)ないし(三)、(五)及び(六)の事実を認め、(四)の事実を否認する。

2  同2のうち控訴人主張の身分関係を認め、その余は争う。

三  被控訴人の抗弁

ハルと被控訴人とは、昭和五四年一月ころ、本件土地を被控訴人に譲渡する旨の契約を締結し、これに基づいて本件登記を経由した。

四  抗弁に対する控訴人の答弁

本件登記がされていることを認め、その余の抗弁事実を否認する。

五  控訴人の再抗弁

ハルと被控訴人の譲渡契約は、有限会社薄井金物店のため債務保証をしていたハルが何とか本件土地を薄井家に残そうとして、名義だけを一時被控訴人に移すためにしたものであるから、通謀虚偽表示として無効である。

六  再抗弁に対する被控訴人の答弁

再抗弁事実を否認する。

第三  証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  主位的請求について

一  請求原因1のうち(一)ないし(三)、(五)及び(六)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因1(四)の事実(昭和五五年一〇月ころの死因贈与契約の成立)について検討する。

1  控訴人の右主張に沿う証拠としては、甲第一一号証(薄井恂子の報告書)、第一二号証(笹平武の報告書)、証人薄井恂子、同笹平武及び控訴人本人の各供述がある。

2  そこで、まず、背景的事情についてみるに、証拠(甲三ないし九、一三、二〇の1、2、二三、二四、二六、二八、三二、三六、三八、三九、乙三、六、七、九の1の1、2、九の2ないし4、一〇、一一、一五ないし一八、二三、二五、二九、三六、証人薄井恂子、同鈴木克之、同堀内ひて子、同笹平武、同宇須井一行、控訴人・被控訴人各本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 喜之衛門の遺産については、遺産分割協議により、有限会社薄井金物店(昭和三八年三月薄井金物株式会社に組織変更した。以下「訴外会社」という。)の出資分はすべて一郎が取得し、その他の本件土地を含む遺産のほとんどすべてをハルが取得した。

(二)(1) 一郎は、訴外会社の代表取締役としてその経営に当たったが、昭和五三年一二月一一日に死亡した(死亡の事実は争いがない。)。

(2) 被控訴人は、昭和一一年一月三〇日生で、早稲田大学法学部を卒業し、アメリカの大学に留学した後、昭和四七年三月、京都大学経済学部大学院博士過程を終了し、以後、名古屋市に居住して名古屋大学に勤務している者であり、昭和四八年一二月、婚姻して妻の氏を称することとなった。

(3) 克之は、昭和一四年一一月二〇日生で、昭和四一年四月、婚姻して妻の氏を称することになった者であるが、それに先立つ昭和三八年一〇月、ハルに日立市大みか町二丁目所在の宅地248.08平方メートルを買って貰った。なお、同人は、ハルが死亡するまで同人に小遣いとして金員を渡していた。

(4) ひて子は、昭和一七年一月二一日生で、昭和四〇年四月、婚姻して夫の氏を称することになった者であるが、ハルの生前、特別な財産の贈与を受けていない。

(5) 控訴人は、昭和一九年八月二五日生で、昭和四二年三月、大学を卒業した後、東京で会社勤めをしていたが、昭和四八年春ころ、一郎から新しい店を出すので来るように言われて訴外会社で常務取締役として働くようになったところ、一郎が死亡したため、昭和五三年一二月二一日の取締役会において、訴外会社の代表取締役に選任され、以後訴外会社の経営に当たって来た。

(三)(1) ハルは、訴外会社の取締役をしており、喜之衛門死亡後は、訴外会社の役員報酬と自己所有地を訴外会社に賃貸した地代で生計を立てていたが、訴外会社は、昭和五二年に社屋(甲三二、三九)及び倉庫(乙一七)を新築したことや売上が減少したことなどから負債が増え、ハルに支払うべき地代も滞り勝ちとなった。

(2) ハルの取得した本件土地を除く土地に対しては、昭和五一年八月から昭和五五年三月にかけて、債務者を訴外会社とする抵当権が設定登記された。また、訴外会社が所有していた土地に対しても、ほぼ同じ時期に抵当権が設定登記され、結局、本件土地を除く土地は、昭和五四年八月及び昭和六三年八月に他人の手に渡った。

(3) 前記のとおり、本件土地については、昭和五四年一月一九日付けの本件登記がされているところ、控訴人は、同月二八日、本件土地及びその上にある建物を被控訴人所有名義に便宜上移転し、ハルの銀行に対する連帯保証が消滅した時はハルの希望により被控訴人は無条件で返還する旨記載した念書を作成し、兄弟らの了解を得ようとしたが、いずれも署名押印を得られなかった。

(4) 一郎が新築した倉庫は、昭和五五年一一月、控訴人の妻恂子の父が代表取締役をしている茨城機材株式会社に売却され、昭和五六年三月一六日、その敷地(本件土地及び分筆前の日立市神峰町一丁目六五番一)のうち分筆前の六五番一の土地から同番四の土地が分筆され、同番一及び同番四の各土地は、昭和六三年八月一一日競売により売却された後、平成二年一一月三〇日、同番四の土地から同番七の土地が分筆され、平成三年一月、恂子が同番一、同番四及び同番七の各土地を買い受けた。

(四) 控訴人は、昭和五五年一一月一日、訴外会社の商号を薄井金属株式会社に変更するとともに、別会社であるコンドル商事株式会社の商号を薄井金物株式会社に変更し、これに訴外会社の債務の一部を引き受けさせた。訴外会社は、昭和五六年四月に第一回目の不渡りを出し、その後第二回目の不渡りを出して倒産した。

(五)(1) ハルが生前居住していた木造瓦葺平屋建居宅(日立市神峰町一丁目六五番地所在家屋番号六五番二)については、昭和三三年五月一〇日贈与を原因として、同年六月七日付けで一郎に対する所有権移転登記が経由されている。

(2) 右居宅は、その大部分が本件土地上にあり、一部が六五番四の土地にかかっていたが、前記のとおり恂子が同番一の土地を買い受けた際に、同番四の土地をも買い受けた。また、前記のとおり茨城機材株式会社に売却された倉庫は、その大部分が同番一の土地上にあるが、一部は本件土地上にかかっている。そのため、恂子は、平成二年九月二七日付け書面で、被控訴人に対し、本件土地の一部(茨城機材株式会社所有建物の敷地部分)を分筆するよう依頼した。

(六) 控訴人は、ハルの葬儀に際しては喪主となり、薄井家の祭祀財産を承継した。

3  右の事実によれば、控訴人の主張する昭和五五年一〇月当時、控訴人は、本件土地については既に被控訴人に対する所有権移転登記が経由されていたこと、及び本件土地上には一郎所有名義の建物が存在していることを承知していたものと推認することができる。そうすると、控訴人の主張するような死因贈与契約が真実締結されたのであれば、前記2(五)(3)に認定したような念書の作成を試みた控訴人としてはもとより、ハルとしても、被控訴人に対して本件土地につき登記名義の返還を求め、かつ、本件土地上の建物の所有名義人である一郎の相続人に対して何らかの手段を構じる必要上、本件土地がハルから控訴人に死因贈与されたことを客観的に明確な形で残すことを考えるのが自然であると思われる。しかるに、本件において証拠として提出されているのは、前記のような報告書及び供述のほかは、未完成の念書(甲二六)、その趣旨が必ずしも明確でないハルと控訴人との会話の録音の反訳(甲三七)や念書と題する文書の綴り(甲三八)だけである。また、控訴人は、ハルが本件土地を控訴人に死因贈与した理由として、控訴人が、一郎の死亡後、多額の借金を背負って苦労したことを挙げているが、前認定のとおり、控訴人は、一郎から訴外会社の共同経営者のような形で迎えられたものであり、一郎の死亡によって結果的に苦労することになったにしても、この事実から直ちに死因贈与があったことを認めることはできない。更に、控訴人が薄井家の祭祀財産を承継したが、本件土地を祭祀財産の承継者が取得すべき必然性があるものと認めるに足りる証拠はない。

以上の事情を総合すると、前記1の各証拠を直ちに措信することができず、これをもって前記控訴人主張の事実を認めることはできないといわざるを得ない。そして、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

三  以上のとおりであるから、控訴人の主位的請求は理由がない。

第二  予備的請求について

一  請求原因2(一)のうち身分関係については、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人の抗弁事実(昭和五四年一月ころの譲渡)について検討する。

1  被控訴人の主張に沿う証拠としては、乙第四〇号証(被控訴人の上申書)、証人鈴木克之、同堀内ひて子、被控訴人本人の各供述があるが、契約書等の文書は提出されていない。

ところで、前記第一の二2に認定した事実によれば、被控訴人は、昭和四七年以来、名古屋市に居住して名古屋大学に勤務しており、日立市や本件土地及び訴外会社とは直接の関係がなく、したがって訴外会社の債務についても全くの局外者の立場にいる者であったのに対し、控訴人は、本件登記がされた昭和五四年一月当時、日立市に居住して訴外会社の経営に当たっており、日立市や本件土地及び訴外会社と密接な関係を有し、同会社の資金繰りに苦労していたということができるところ、ハルが、控訴人に対しては何らの土地も与えていないのに、被控訴人に対して本件土地を与えたものとすれば、いかなる理由によるものであるか理解することができない上、右の当時、訴外会社の資金繰りがかなり逼迫していたものと推認されること、ハルから被控訴人に対する譲渡を直接に証する契約書等の文書もなく、本件登記も「真正な登記名義の回復」という極めてあいまいな形でされていること、その他本件登記直後の昭和五四年一月二八日には、控訴人が前記第一の二2(三)(3)に認定したとおりの内容の念書を作成しようとしていたこと、その他前記認定の各事情を総合すると、本件登記は、差し当たり訴外会社の債務とは何らの係わりを持たない被控訴人名義に本件土地の名義を移すことにより、薄井家の本来の居宅の敷地である本件土地を薄井家の財産として保全するための方便としてされたものと認めるのが相当であって、被控訴人の主張に沿う前記証拠は直ちに措信することができず、これらの証拠及び本件土地につき被控訴人に所有権移転登記がされているとの事実をもってしては、未だ前記被控訴人主張の事実を認めることはできないといわざるを得ない。

また、恂子が被控訴人に送付した平成二年九月二七日付け書面(乙九の1の1、2)は、被控訴人に対して本件土地の一部を分筆してくれるよう依頼する趣旨のものであるが、これには「同封の図の様にお兄様の土地(本件土地を指すものと認められる。)に倉庫が入り」とか「お兄様と相談の上進めて行きたいと存じますので」との記載があるが、証拠(甲二八、証人薄井恂子)によれば、同人が右のような記載をしたのは、当時、恂子が六五番一の土地等を買い受ける方向で和解中で、本件土地が現に被控訴人名義になっていたので、同人に協力を求める必要があり、かつ、恂子としては、被控訴人の弟である控訴人の妻としての立場上、登記名義を前提とし、右のような表現をせざるを得なかったためであると認められるので、右の書面によっても、前記被控訴人主張の事実を認めることはできない。

そして、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  なお、仮に、前記証拠関係のもとにおいて、被控訴人に対する譲渡の事実が認められるものとしても、前記1の事情のもとにおいては、右の譲渡は、被控訴人とハルが意思相通じて、薄井家の財産を保全するために、真実は譲渡する意思がないのにしたものであり、通謀虚偽表示として無効であるというべきである。

三  以上のとおり、被控訴人が本件土地の譲渡を受けたとの事実は認められないか、仮にこれが認められるとしても、右譲渡は通謀虚偽表示として無効であるというべきであるから、本件土地は、ハルの遺産に属するものであり、未だ遺産共有の状態にあるというべきである。

ところで、控訴人は、本件土地の共同相続人として有する共有持分に基づき共同相続財産たる本件土地の保存行為として、被控訴人に対し本件登記の全部抹消を求めているので、その当否について検討する。

一般に、数名の者の共有に属する不動産につき共有者のうちの一部の者がその者の単有名義で所有権取得登記を経由した場合においては、右の登記はその者の持分に関しては実体的権利関係に符合するものであり、他の共有者は自己の持分についてのみ妨害排除請求権を有するにすぎないのであるから、共有者の一人がその共有持分についての登記を実現させるために右の名義人に対して請求することができるのは、自己の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続であると解される。しかしながら、本件におけるように、数名の者(甲、乙、丙)が共同相続した不動産につき、相続開始前に被相続人から相続人のうちの一部の者甲のために相続以外の事由(例えば譲渡)を原因とする所有権移転登記がされている場合において、共同相続人の一人である乙が相続による登記の実現を求める場合においても同様に解すべきであるかどうかは問題である。けだし、このような場合において乙が甲に対する所有権移転登記についてその持分につき一部抹消(更正)登記手続をすべきものとすると、甲及び乙が相続開始以前に被相続人から当該不動産を取得した旨の、実体的権利変動の過程及び態様と異なる登記をすべきものとする結果になるからである。またこのような場合には、第三者の権利に関する登記がある場合と同様に、抹消に代えて一部移転の登記を求めるほかなく、乙は、甲に対し、自己の持分につき真正な登記名義の回復を原因とする持分移転登記手続を求める方法によるべきものと解する余地があるが、このような方法にのみよるべきものとする合理的理由を見出し難い。むしろ、権利変動の過程と態様を正しく登記簿に反映するためには、甲の登記を一旦抹消し、改めて甲を含めての共同相続登記をすべきものと解するのが相当である。そして、共同相続人の一人である乙は、他の共同相続人全員のために相続財産を保全するため、単独で甲に対しその登記の抹消を請求することができるものと解すべきであり、このように解しても甲に何らの不利益を与えるものではないというべきである。

そうすると、控訴人の当審における本件登記の全部抹消登記手続を求める予備的請求は理由があることになる。

よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の当審における予備的請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水湛 裁判官瀬戸正義 裁判官小林正は転任のため署名押印をすることができない。裁判長裁判官清水湛)

別紙物件目録

所在 茨城県日立市神峰町一丁目

地番 六五番二

地目 宅地

地積 299.64平方メートル

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